対照な二人の対称式――『リズと青い鳥』について

リズと青い鳥見てきました。

なんでしょうこれ、もう最高。
響け!ユーフォニアム2』で、みぞれの感情がオーボエの音に乗っていくあのシーンが死ぬほど好きだったんですが、それをさらにまた美しく磨き上げたうえで見せてもらったことに、感謝しかありません。
あと夏紀先輩がとても美人に描かれていてたいへんドキドキしました。
切れ長の目の美人でどこかけだるげな雰囲気なのが夏紀先輩の外見好き好きポイントなのですが、劇場版は目の作画がさらにいい感じになっていて素晴らしかった……。いやもう昔から思ってたけど三次元の女の子の好みを二次元にブラッシュアップされてぶつけられたらオタクは死ぬ。……などと夏紀先輩トークだけで五千字くらいは行けそうですが、そんな一期からのこじらせ感情をほとばしらせるのが目的ではないので、さっさと本題に入りましょう。


この後ネタバレが大量にありますので未視聴の方はまず劇場へ行きましょう!


■みぞれと希美の対照<コントラスト>

TVシリーズ響け!ユーフォニアム」の群像劇スタイルから一転し、コンクールの自由曲「リズと青い鳥」のソロパートを担当する鎧塚みぞれと傘木希美にスポットを当てた本作では、二人の対照的なキャラクター性が目立ちます。

快活でよく動く希美と、物静かなみぞれ。
いつもみんなの中心にいる希美と、ひとりでいることが多いみぞれ。
動と静、陰と陽のように対照的な二人の様子は、物語の中で繰り返し描かれていきます。
冒頭の校門から部室までのシーンで、二人の歩き方、靴や楽器の取り出し方、細かい動き方に至るまできっちり対比させて描かれているのは見事でした。
ここで二人が対照的な人間であることをきっちりと印象づけてくるので、全編通してそこに注目しながら見ていく視線が出来上がるのは、さすがに上手いと言わざるを得ません。

また、二人の後輩たちとの関わり方の違いが印象的でした。
最初から同パートの後輩たちに囲まれてフレンドリーに接する希美と、少しずつ剣崎梨々花との距離を縮めていくみぞれ、というのがたいへん良かったです。
特に梨々花が写真と一緒に「ありがとうございました。大好きです」ってメッセージをみぞれに送るシーンが最高ですね。

さて、対照的であるということは、言い換えれば「真逆」であるということでもあります。
希美以外には滅多に心を開かないみぞれと、誰に対してもフレンドリーな希美、というキャラクター性の違いはもちろんですが、やがて来たる大会本番への思いや、曲のモチーフとなっている童話「リズと青い鳥」に対する解釈なども真逆。
いうなれば二人は重なり合わない非対称の存在であることが、繰り返し描かれます。
何よりも、みぞれの希美に対する想いは、希美のみぞれに対するそれとは比較にならないほど大きいものである、とみぞれ自身が思っていること。それ自体はTVシリーズでも描かれていた部分ですが、本作ではみぞれの視線や仕草が、何よりもそれを雄弁に語っていると思います。この感情をTVシリーズで多用したモノローグではなく、動きの演技だけで語らしめたところは、本作の特筆すべき部分だと言えるのではないでしょうか。

■回復する二人の「対称性」―解釈の逆転とハッピーアイスクリーム

そうした非対称性が進路と才能の話に及び、それが原因で二人は言葉をかわす機会を減らし、すれ違っていくのが中盤の展開でした。
その状況を打破したのは、まず第一に二人の「リズと青い鳥」に対する解釈の変化でした。
当初は自身を孤独な少女リズに、みぞれを彼女のもとにやって来た青い鳥が変化した少女に重ね合わせ、「青い鳥を手放すことは出来ない」と言っていたみぞれ。実はその構造は真逆であり、自身が希美に縛られていた青い鳥であることを悟ります。それと同時に、希美の解釈も逆転します。シーンの切り替えを巧みに使いながら、一つのセンテンスを二人で紡いでいくこのシーンは本作におけるハイライトの一つと言っていいでしょう。

そうして曲への新たな解釈を得たみぞれが、持ち前の才能を存分に発揮し、素晴らしい演奏を披露するシーンは涙なしでは見られませんでした。僕は音楽的な知識や素養は殆ど無いので、どの音がどう変わって、というところをつまびらかに語る言葉を持ちません。しかしながら、確かにあのシーンでの演奏は素晴らしいものに変わっていたと感じさせられました。

そしてその後、理科室での希美とみぞれの二人きりのシーン。
お互いがお互いを同じくらい大切に思っていて、同じくらいにお互いに羨望を抱いていたことを自覚し、かつては出来なかった「大好きのハグ」を交わす。この一連の流れで、一見みぞれから希美に向かう矢印ばかりが大きく見えていた二人の関係が、実は希美からみぞれに向かう矢印もおなじくらい大きかったのだ、ということが印象付けられます。
これは、対照的な二人の非対称性が、対称性に切り替わった瞬間です。


もう一つ印象的だったのが、葉月と緑輝の間でかわされていたハッピーアイスクリームというゲームの話です。
二人が同じ言葉を言ったら、「ハッピーアイスクリーム」と言わなければならない。
そして、早く言ったほうが相手にお願いを聞いてもらえる。

この会話を聞いていたみぞれが、ラスト近くでたまたま希美と異口同音のセリフを言い、すかさず「ハッピーアイスクリーム!」と叫ぶのです。実はこれ、作中で二人が異口同音の台詞を言う二回目のシーンですよね。一回目はどこかというと、「リズと青い鳥」に関する解釈が逆転する先述したシーンです。いわば対称性を取り戻した後でもう一回、同じ状況を発生させているわけです。
そして、それに対する希美の返答は「何?アイス食べたいの?」という若干ズレたものなのですが、進路問題ですれ違っていたころとは異なり、ズレてはいてもみぞれにとって悪い感情をもたらすものではない言葉なのがポイント。
互いが音大を受けるか受けないか、ひいてはそれぞれの才能の差に人知れず苦しんでいた時は、そのズレが致命的なすれ違いになっていたわけで、それを乗り越えて「みぞれのオーボエを全力で支える」と告げる希美からは、清々しさを感じました。

と、こうやって見ていくと、リズと青い鳥」という作品はみぞれと希美、「対照」な二人が「対称」性を取り戻す話だったと思えるわけで、このキーワードがハッピーアイスクリームにも通じる「同音異義語」なことにちょっと必然性を感じたり……しませんかね?

■対称式になった二人――disjointからjointへ

と、まあそんなことをつらつら書いてきたわけですが、この話のネタ元にあるのは、希美が図書室で勉強するシーンでちらりと見えたノートの文字だったりします。
このシーン、音大受験を選んだみぞれと普通の大学受験を選んだ希美、それでも二人はどこかで繋がっている――というのがありありと伺えてとても好きなシーンだったりします。

さて、そんなシーンで希美のノートに書かれていたのは「x+y=」「xy=」という二つの式でした。
この等式は「対称式」と呼ばれ、受験数学でもほぼ必修くらいの内容にあたります。
そもそも対称式とはなんぞや、といいますと、「二つの変数(=文字)を入れ替えても変わらない多項式を指します。
特に、二つの文字の和(足し算)と積(掛け算)である「x+y」と「xy」は「基本対称式」と呼ばれます。
このとき、二つの文字を入れ替えても変わらない、つまり「x+y = y+x」であり、「yx = xy」となることは、足し算、掛け算における交換法則(=順番を入れ替えても答えは同じ)ことからも明らかです。

対称式 - Wikipedia

詳しくは上記のウィキペディアなどを見てもらうとして、「二つを入れ替えても変わらない」という対称性は、みぞれと希美、二人の想いの有り様に重なる部分がないでしょうか。
お互いが「自分が相手にだけ抱いている」と考えていた想いを、相手も同じ様に抱えていたことが分かった。
先程も述べたように、それこそが本作のハイライトでありテーマでもあると思います。
二人の思いは「≠(ノットイコール)」ではなく「=(イコール)」で繋がれているのです。

そして、一見「≠」だったものが「=」だったことがわかる、それがこの映画のテーマであることは、映画の冒頭とラストで示される二つの言葉からも分かります。冒頭に掲げられた言葉は「disjoint」。これは「ばらばらになる」という意味です。そして、ラストでは「disjoint」の「dis」が消され「disjoint」という言葉がスクリーンに示されます。「joint」は当然「つながっている」という意味。みぞれと希美、二人を入れ替えたら「≠」で成立し得なかった対称式が、今は「=」でしっかりと繋がれていることがわかります。

つまり、『リズと青い鳥』はたいへん数学的に美しい物語だったんだよ――!!


とか言い出すと「理系キモい」みたいに言われそうなのでこのへんにしておきます。
ただ、数学的な言葉を借りると難解かもしれませんが(じゃあなんで書いたんだというツッコミは置いておく)、「すれ違っていた二人の思いが繋がる」ってことを考えたらもうわかりやすくて最強の王道展開ですよね。
それはきっと、私達の周りに気づかないけど溢れている奇跡であり、それを美しくエモーショナルに描き出してくれるのが山田尚子マジックだ、と個人的には考えています。
つまるところ、またしても監督のかける"魔法"にやられてしまったのだという話でした。

映画『リズと青い鳥』ED主題歌「Songbirds」

映画『リズと青い鳥』ED主題歌「Songbirds」