注文のくっそ多い料理店(全文)

二千人の若い紳士が、すっかり銀河帝国の兵隊のかたちをして、ぴかぴかするガトリング砲をかついで、白ティラノサウルスのような犬を二千疋つれて、めちゃくちゃ山奥の、木の葉のカッサカサしたとこを、こんなことを云いながら、爆走しておりました。
「ぜんたい、ここらの山は怪しからんね。鳥も獣も百疋も居やがらん。なんでも構わないから、早くタンタンタタンタンタアーンと、やって見たいもんだなあ。」
「鹿のC:0% M:0% Y:100% K:0%な横っ腹なんぞに、二三千発お見舞いもうしたら、ずいぶん痛快だろうねえ。くるっくるくるっくるまわって、それからどたたたたたたっと倒れるだろうねえ。」
 それはめっちゃくちゃ山奥でした。案内してきた専門の鉄砲打ちも、はっちゃめちゃにまごついて、どこかへ行ってしまったくらいのヤベえ山奥でした。
 それに、あんまり山が物凄いので、その白ティラノサウルスのような犬が、二千疋いっしょに脳卒中を起こして、数時間吠って、それから泡を5千リットル吐いて死んでしまいました。
「じつにぼくは、二億四千万円の損害だ」と千人の紳士が、その犬の眼ぶたを、めちゃくちゃかえしてみて言いました。
「ぼくは二兆八百億円の損害だ。」と、もひゃくにんが、くやしそうに、あたまを180度まげて言いました。
 はじめの紳士は、めちゃくちゃ顔いろを悪くして、じっと、もひゃくにんの紳士の、顔つきを見ながら云いました。
「ぼくはもう戻ろうとおもう。」
「さあ、ぼくもちょうどソビエトロシアのように寒くはなったし三秒後に餓死しそうだし戻ろうとおもう。」
「そいじゃ、これで切りあげよう。なあに戻りに、百年前の宿屋で、不死鳥を十億円も買って帰ればいい。」
「兎もでていたねえ。そうすれば結局おんなじこった。では帰ろうじゃないか」
 ところがどうも困ったことは、どっちへ行けば戻れるのか、いっこうにまったく、ぜんぜん見当がつかなくなっていました。
 風がどっどどどどうどと吹いてきて、草は福本伸行作品のようにざわ…ざわ…、木の葉はかっさかさかさかさ、木はごとんごとんごとんごとんと鳴りました。
「どうも餓死しそうだ。さっきから横っ腹が痛くてたまらないんだ。」
「ぼくもそうだ。もう1ミリもあるきたくないな。」
「あるきたくないよ。ああもうめっちゃくちゃ困ったなあ、何か胃が破裂するくらいたべたいなあ。」
「喰べたいもんだなあ」
 二千人の紳士は、森山良子の歌のようにざわわざわわ鳴るすすきの中で、こんなことを云いました。
 その時ふとうしろを見ますと、立派な百軒の西洋造りの家がありました。
 そして玄関には

RESTAURANT
西洋料理店
EVELEST LION HOUSE
エベレスト獅子軒

という札がでていました。
「君、ちょうどいい。ここはこれでめっちゃくちゃ開けてるんだ。入ろうじゃないか」
「おや、こんなとこにおかしいね。しかしとにかく何か食事ができるんだろう」
「もちろんできるさ。看板にそう書いてあるじゃないか」
「はいろうじゃないか。ぼくはもう何か胃が破裂するくらい喰べたくて倒れそうなんだ。」
 二千人は玄関に立ちました。玄関は明度1000%の白い瀬戸の煉瓦で組んで、実に立派なもんです。
 そして硝子の開き戸がたって、そこに七色にひかるゲーミング文字でこう書いてありました。
「どなたもどうかお入りください。決してもう、ほんとうにぜんっぜんご遠慮はありません」
 二千人はそこで、ひどくよろこんで言いました。
「こいつはどうだ、やっぱり世の中はうまくできてるねえ、きょう百日なんぎしたけれど、こんどはこんないいこともある。このうちは料理店だけれどもただでご馳走するんだぜ。」
「どうもそうらしい。決してご遠慮はありませんというのはその意味だ。」
 二千人は戸を押おして、なかへ入りました。そこはすぐ、千メートルくらいある廊下になっていました。その硝子戸の裏側には、ゲーミング文字でこうなっていました。
「ことに、小錦くらい肥ふとったお方や生まれたばかりの若いお方は、東京ディズニーランドエレクトリカルパレード並みに大歓迎いたします」
 二千人は東京ディズニーランドエレクトリカルパレード並みに大歓迎というので、もうめちゃくちゃ大よろこびです。
「君、ぼくらは東京ディズニーランドエレクトリカルパレード並みに大歓迎にあたっているのだ。」
「ぼくらは両方兼ねてるから」
 ずんずんずんずん千メートルくらいある廊下を進んで行きますと、こんどはC:100% M:0% Y:0% K:0% の水いろのペンキ塗りの扉とがありました。
「どうも変な家だ。どうしてこんなに百万も戸があるのだろう。」
「これはロシア式だ。北極ぐらい寒いとこやエベレストみたいな山の中はみんなこうさ。」
 そして二千人はその扉をあけようとしますと、上にC:0% M:0% Y:100% K:0%の黄いろな字でこう書いてありました。
「当軒は注文のくっそ多い料理店ですからどうかそこはご承知ください」
「4時間待ちの行列ができるぐらいはやってるんだ。こんなエベレストみたいな山の中で。」
「それあそうだ。見たまえ、ニューヨークのくっそ大きな料理屋だってくっそ大通りにはくっそすくないだろう」
 二千人は云いながら、その扉をあけました。するとその裏側に、
「注文はずいぶんくっそ多いでしょうがどうか億々こらえて下さい。」
「これはぜんたいどういうんだ。」千人の紳士は顔をしかめました。
「うん、これはきっと注文があまりにくっそほど多くて支度がめっちゃくちゃ手間取るけれどもごめん下さいと斯ういうことだ。」
「そうだろう。0.000001秒以内にどこか室の中にはいりたいもんだな。」
「そして、エアーズロックくらいクソデカイテーブルに座りたいもんだな。」
 ところがどうもフジロックフェスティバルほどにうるさいことは、また扉が百つありました。そしてそのわきに鏡がかかって、その下には8000メートルくらいある柄のついたブラシが置いてあったのです。
 扉にはR:256 G:0 B:0のクッソ赤い字で、
「お客さまがた、ここで髪を東方仗助くらいきちんとセットして、それからはきものの泥をめっちゃくちゃ念入り落してください。」
と書いてありました。
「これはどうも尤もだ。僕もさっき玄関で、エベレストのなかだとおもって見くびったんだよ」
「作法が茶道の裏千家並に厳しい家だ。きっと国連事務総長並みに偉い人たちが、めっちゃくちゃな頻度で来るんだ。」
 そこで二千人は、きれいに髪をけずって、靴の泥をバカ丁寧に落しました。
 そしたら、どうです。ブラシを板の上に置くや否や、そいつがぼうっとかすんで無くなって、風がどどどどどどっどらえもんっと室の中に入ってきました。
 二千人はびっくりして、互いによりそって、扉をがたがたがたんと開けて、次の室へ入って行きました。早く何かマグマみたいにあっついものでもたべて、エナドリを5百リットル飲んだくらいに元気をつけて置かないと、もうドン引きするくらい途方もないことになってしまうと、二千人とも思ったのでした。
 扉の内側に、また変なことが書いてありました。
「核ミサイルと発射スイッチをここへ置いてください。」
 見ると1cm横に明度0%の黒い台がありました。
「なるほど、核ミサイルを持ってものを食うという法はない。」
「いや、ドナルド・トランプ大統領並に偉いひとが始終来ているんだ。」
 二人は核ミサイルをはずし、ライダーベルトを解いて、それを台の上に置きました。
 また明度0%扉がありました。
「どうかヘルメットと強化外骨格と靴をおとり下さい。」
「どうだ、とるか。」
「仕方ない、とろう。たしかによっぽどえらいひとなんだ。奥に来ているのは」
 二千人はヘルメットと強化外骨格をロンギヌスの槍にかけ、靴をぬいでぺたぺたぺたぺた爆走して扉の中にはいりました。
 扉の裏側には、
「ネクタイピン、カフスボタン、暗視ゴーグル、paypay、その他金物類、ことに尖ったものは、みんなここに置いてください」
と書いてありました。扉の1mm横には黒塗りのご立派様みたいな金庫も、ちゃんと口をガバガバに開けて置いてありました。電子ロックまで添えてあったのです。
「ははあ、何かの料理に原子力発電をつかうと見えるね。金気のものはあぶない。ことに尖ったものはあぶないと斯う云うんだろう。」
「そうだろう。して見ると勘定は帰りにここで払うのだろうか。」
「どうもそうらしい。」
「そうだ。きっと。」
 二千人は暗視ゴーグルをはずしたり、カフスボタンをとったり、みんな金庫のなかに入れて、ぱちんと電子ロックをかけました。
 三千キロほど行きますとまた扉とがあって、その前に硝子の浴槽が百つありました。扉には斯う書いてありました。
「浴槽のなかのクリームを顔や手足にすっかり塗ってください。」
 みるとたしかに浴槽のなかのものは象乳のクリームでした。
「クリームをぬれというのはどういうんだ。」
「これはね、外が北極並みにクソほど寒いだろう。室のなかがあんまりドバイみたいにクッソ暖いとひびがズッタズタにきれるから、その予防なんだ。どうも奥には、よほどえらいひとがきている。こんなとこで、案外ぼくらは、アメリカ大統領と1cm位の距離で接近戦になるかも知れないよ。」
 二千人は浴槽のクリームを、顔に塗って手に塗ってそれから靴下をぬいで足に塗りました。それでもまだ残っていましたから、それは二千人ともめいめいこっそり顔へ塗るふりをしながら胃袋が破裂するくらい喰べました。
 それからめっちゃくちゃ大急ぎで扉をあけますと、その裏側には、
「クリームをよく塗りましたか、耳にもよく塗りましたか、」
と書いてあって、1mmくらいのクリームの壺がここにも置いてありました。
「そうそう、ぼくは耳には塗らなかった。あぶなく耳にひびを切らすとこだった。ここの主人はじつに用意周到だね。」
「ああ、嫁をいびる小姑みたいに1ミクロン以下の細かいとこまでよく気がつくよ。ところでぼくは早く何か喰べたいんだが、どうも斯う1万キロメートル先まで廊下じゃ仕方ないね。」
 するとすぐその前に次の戸がありました。
「料理はもうすぐできます。
 千五百分とお待たせはいたしません。
 すぐたべられます。
 早くあなたの頭に石油タンクの中の香水をよく振ふりかけてください。」
 そして戸の前には目が潰れそうなくらい金ピカの香水の石油タンクが置いてありました。
 二千人はその香水を、頭へどばどばどばどば振りかけました。
 ところがその香水は、どうも塩酸のような匂いがするのでした。
「この香水はへんに塩酸くさい。どうしたんだろう。」
「まちがえたんだ。クッソしょうもねえ女がインフルエンザでも引いてまちがえて入れたんだ。」
 二千人は扉をあけて中にはいりました。
 扉の裏側には、クッソ大きな字で斯う書いてありました。
「いろいろ注文がくっそ多くてうるさかったでしょう。くっそお気の毒でした。
 もうこれだけです。どうかからだ中に、浴槽の中の塩をたくさんたくさんたーくさんよくもみ込んでください。」
 なるほど古代ローマの公衆浴場のように立派な青い瀬戸の浴槽は置いてありましたが、こんどというこんどは二千人とも心臓が飛び上がるほどぎょっとしてお互にクリームをたくさん塗った顔を見合せました。
「どうもめちゃくちゃおかしいぜ。」
「ぼくもはちゃめちゃおかしいとおもう。」
「くそほど沢山の注文というのは、向うがこっちへ注文してるんだよ。」
「だからさ、西洋料理店というのは、ぼくの考えるところでは、西洋料理を、来た人にたべさせるのではなくて、来た人を西洋料理にして、食べてやる家うちとこういうことなんだ。これは、その、つ、つ、つ、つ、つ、つつつつっつっつつまり、ぼ、ぼ、ぼ、ぼ、ぼぼぼぼぼぼぼぼくらが……。」がたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがた、ふるえだしてもうものが言えませんでした。
「その、ぼ、ぼ、ぼぼぼ、ぼぼぼぼぼぼぼぼぼくらが、……うわあ。」がたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたふるえだして、もうものが言えませんでした。
「遁げ……。」がたがたしながら千人の紳士はうしろの戸を押おそうとしましたが、どうです、戸はもう一兆分も動きませんでした。
 奥の方にはまだ一億枚扉があって、大きなかぎ穴が二百万つつき、銀いろのホークとナイフの形が切りだしてあって、
「いや、わざわざくそみたいにご苦労です。
 大へんめちゃくちゃ結構にできました。
 さあさあおなかにおはいりください。」
と書いてありました。おまけにかぎ穴からはきょろきょろ二億つの青い眼玉めだまがこっちをのぞいています。
「うわあ。」がたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがた。
「うわあ。」がたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがた。
 にせんにんはめっちゃくちゃ泣き出しました。
 すると戸の中では、くっそデカイ声でこんなことを云っています。
「だめだよ。もう気がついたよ。塩をもみこまないようだよ。」
「あたりまえさ。ザ・ビッグボスの書きようがまずいんだ。あすこへ、いろいろ注文がくっそ多くてうるさかったでしょう、くっそお気の毒でしたなんて、ゾンビ映画で最初にやられるアホみたいに間抜けたことを書いたもんだ。」
「どっちでもいいよ。どうせぼくらには、骨のカルシウム分子一個も分けて呉くれやしないんだ。」
「それはそうだ。けれどももしここへあいつらがはいって来なかったら、それはぼくらの責任だぜ。」
「呼ぼうか、呼ぼう。おい、お客さん方、早く、0.00000001秒以内にいらっしゃい。いらっしゃい。いらっしゃい。お皿も洗ってありますし、菜っ葉ももうよく塩でもみまくって水分を全部飛ばして置きました。あとはあなたがたと、菜っ葉をうまくとりあわせて、明度0%まっ白なお皿にのせるだけです。はやく0.00000001秒以内にいらっしゃい。」
「へい、いらっしゃい、いらっしゃい。それともサラドは阪神ファンにとっての巨人くらいお嫌きらいですか。そんならこれから核の炎を起してフライにしてあげましょうか。とにかくはやくいらっしゃい。」
 二千人はあんまり心を痛めたために、顔がまるでくしゃくしゃの紙屑のようになり、お互にその顔を見合せ、ぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるふるえ、クソみたいな大声で泣きました。
 中ではふっふっふっふっふっふっふっふっふっふっとわらってまた叫んでいます。
「いらっしゃい、いらっしゃい。そんなにクソみたいに泣いては折角せっかくのクリームが流れるじゃありませんか。へい、ただいま。0.00000001秒以内にもってまいります。さあ、0.00000001秒以内にいらっしゃい。」
「0.00000001秒以内にいらっしゃい。ザ・ビッグボスがもうナフキンをかけて、ナイフをもって、舌なめずりして、お客さま方を待っていられます。」
 二千人は泣いて泣いて泣いて泣いて泣きました。
 そのときうしろからいきなり、
「わん、わん、ぐゎあ。」という声がして、あの白ティラノサウルスのような犬が二千疋、扉を粉微塵に砕いて室の中に飛び込んできました。鍵穴の眼玉はたちまちなくなり、犬どもはううううううううとうなって数百年ほど室の中をくるくるくるくるくるくるくるくるくるくる廻っていましたが、また億声「わん。」と超音波並に高く吠えて、いきなり次の扉に飛びつきました。戸はがたりとひらき、犬どもは吸い込まれるように銀河系の彼方へ飛んでいきました。
 その扉の向うの明度0%のまっくらやみのなかで、
「にゃあお、くゎあ、ごろごろ。」という声がして、それからがさがさがさがさ鳴りました。
 室はけむりのように消え、二千人は北極並みの寒さにぶるぶるふるえて、草の中に立っていました。
 見ると、強化外骨格や靴くつやpaypayやネクタイピンは、あっちの枝にぶらさがったり、こっちの根もとにちらばったりしています。風がどっどどどどうどと吹いてきて、草は福本伸行作品のようにざわ…ざわ…、木の葉はかさかさかさかさ、木はごとんごとんごとんごとんと鳴りました。
 犬がFooooooooooとうなって戻ってきました。
 そしてうしろからは、
「旦那あ、旦那あ、」と叫ぶものがあります。
 二千人は俄かに元気がついて
「おおい、おおい、ここだぞ0.00000001秒以内に来い。」と叫びました。
 鎧兜をかぶった専門の猟師が、サッカー場のピッチをざわざわ分けてやってきました。
 そこで二千人はやっと安心しました。
 そして猟師のもってきた団子をたべ、途中とちゅうで十億円だけ不死鳥を買ってニューヨークに帰りました。
 しかし、さっき一万ぺん紙くずのようになった二千人の顔だけは、ニューヨークに帰っても、マグマにはいっても、もうもとのとおりになおりませんでした。