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『ガッチャマンクラウズ』で一ノ瀬はじめが示した「楽しむ」という姿勢。

はじめたんカワユス!(CV:宮野真守ハバネロです。
夏、終わらないで、と言っている間にすっかり秋になりましたね。
先月は「ニコマスとP」の方に載せた真派座談会の準備などが大変忙しく、その合間を縫って夏コミの打ち上げで美味いもん食べたり、某所に寄稿する原稿を書いたり、艦隊を指揮したりしながら過ごしておりました。

夏クールのアニメは個人的に大ヒットだったものが多く、たまゆら〜もあぐれっしぶ〜』には毎週泣かされたり、きんいろモザイクには萌えアニメの外装の奥に隠されたキチガイアニメの香りを感じたりしておりました。

そういった作品が最終回を迎えていく中で個人的に「おおっ」と思わされたのがガッチャマンクラウズでした。

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それでは個人的にガッチャマンクラウズの良かったところを上げていきたいと思います。

・ヒロインのはじめちゃんがボクっ娘(超重要)
・はじめちゃんが巨乳で何考えてるかわかんないけど可愛い。
・かの名作『あいまいみー』を彷彿とさせる内田真礼のハイテンション演技が良い。
・うつつちゃんが可愛いくてうつうつします。
・ODさん、カッコいいおネエ&Gメンバーのお母さん過ぎィ!
・ジョーさんがイケメン。
・清音くん良い奴過ぎるのとはじめちゃんに振り回されまくってるから将来絶対ハゲそう。
・久々に平野綾の声をアニメで聞いたわ。
・累くんは女装しなくても可愛いと思う。
宮野真守のベルクカッツェが無駄にハマっていて素晴らしい悪役っぷり。
・ヒーロースーツのデザインがファンシーさとカッコ良さを兼ね備えていて良い。
・変身アイテムのノートが良い。商品化オナシャス!
……etc。


と言った具合に個々の要素をいくらでも挙げることが出来るのですが、一番感心したのは最終回、カッツェさんの陰謀により立川の街に大量のクラウズがあふれるという危機的状況を回避するためにとった方法であったりします。

GALAXの会員に無制限にクラウズを配布して、立川の街を救うという「ゲーム」に参加してもらう。

正直度肝を抜かれました。
見る前はガッチャマンの超パワーで全部吹っ飛ばしたりするのかな? あるいは累くんがGALAXの中枢である総統Xをデリートでもするんだろうか?と色々考えていたんですが、いい意味で裏切られました。

しかしながら、危機的状況を救うために必要だったのは、GALAXを作った累くんが真面目に考えていた「自発性」でも、ガッチャマンであるということへの「使命感」でもなく、多くの人に「楽しんでもらう」ことだったというのは、これまでの物語を考えると、この上なく納得できる展開であったとも思うのです。


その納得感を補強するのはヒロインであるはじめちゃんと、ラスボスであるベルク・カッツェの双方が「楽しむこと」の光と闇を象徴するようなキャラクターであることが大きいかと思います。


物語の開始時点で、日常に物足りなさを感じていたはじめちゃんですが、ノートを手に入れてガッチャマンの一員となったあとは、その立場を常に楽しみながら戦いに身を投じて行きます。真面目な清音やパイマンと対立する場面も多々有りましたが、彼女の選択は往々にして物事を良い方向に導いて行きます。
はじめちゃんは「楽しむ」ということの強さを「感覚」でもって理解しているキャラクターであると思います。そこに「使命感」とか「血を流さない革命」だとか、シリアスなワードを差し挟む余地は殆どありません。
加えて、自分一人ではなく、可能な限り楽しさを周囲と共有したがるタイプでもあるように見えました。コラージュの集まりに清音を連れて行くシーンや、自分の殻にこもりがちなうつつや累に働きかけるシーンなどはその象徴といえるでしょう。
また、目の前の状況に自分の身ひとつで突っ込んでいくタイプのキャラクターでもあります。これはいかにも主人公らしい面とも言えるのですが、後述のカッツェさんとの対比ではより大きな意味を持ってきます。


逆にカッツェさんは、ネットスラングや煽りを多用したセリフ回しを見ると、「楽しむ」ことの負の側面に囚われたキャラクターではないでしょうか。楽しむというよりは「愉しむ」という漢字をあてるほうが正しいかもしれませんw
はじめちゃんに出した「なぞなぞ」にも象徴されていると思いますが、「他人の不幸が何よりも楽しい」というタイプです。累に付きまとってメンタルをへし折ったり、ハンドレッドの一人である梅田を扇動してから突き放す、ジョーさんをボコボコにするなど、他人を傷つけるシーンがやたらめったら多かったですね。それも自分で暴力を加えるというよりは、他人の姿に化けたり、言葉で人の悪意を煽ったり、心を傷つけたりといった行動が多かった印象です。
手を下さないことで自分を安全圏におきながら、他人の不幸を愉しんで自分一人で笑いたい、そういうキャラクターでしょう。
はじめちゃんが楽しさを共有したがり、自分の身をさらけ出すことを厭わないキャラクターであるのを見ると、本当に光と影のような存在ですね。


そして、もう一人の重要人物である累くんは、徹底して「真面目」です。
「一滴の血も流さない革命」を遂行するために彼が信じたものは人々の「自発性」でした。わかりやすく「ボランティア精神」と言い換えてもいいでしょう。人の悪意を利用することを企むカッツェさんとはやはり相容れない存在でしょうね。
一方で、自らのやり方を愚直なまでに信じる面もあったかと思います。はじめちゃんを「ガッチャマン」としてではなく「クラウズの一員」として自らの陣営に引きこもうとしたシーンはその象徴ですね。
同じガッチャマンの面々でも、清音やパイマンもどちらかといえば「真面目」なキャラクターです。はじめちゃんが予想外の行動に出るたびに怒ったりあたふたしてたのはだいたいこの二人でしたねw


このように、主要な登場人物が「楽しむ」と「真面目」、そして「愉しむ」という対比のトライアングルを描いている『ガッチャマンクラウズ』は、最終的には「楽しむ」という正義の形が勝利をおさめる、という展開になりました。
これは、シリアスな戦いを描く作品ではけっこう珍しいケースじゃないかなと思うわけです。

逆に、そう言った作品以外では、シリアスさよりも楽しさを重視する姿勢というのは結構よく見られるような気がします。

スポーツものを例に出すと、同じ夏アニメでは『Free!』「勝負よりも、最高の仲間とリレーをつなぐ楽しさ」を選ぶかたちでクライマックスを迎えました。テニスの王子様においては、「無我の境地」の最終奥義という位置づけだった「天衣無縫の極み」は「テニスを楽しむこと」という説明がされていました。あるいは黒子のバスケでは、「さあ、楽しんでいこ―ぜ」という言葉で仲間たちを鼓舞するシーンが印象的に使われています。

スポーツものをとりあえず例に出しましたが、シリアスさと対極にあるような「日常」を扱った作品では、より「楽しむ」ということが重要な要素として扱われます。
けいおん!』では音楽を仲間たちと楽しむ、ということに何より重点が置かれていました。OPテーマなどの歌詞にも「楽しい」というワードは結構な頻度で登場します。
「GO! GO! MANIAC」なんかはサビ前で「楽しんだもんが勝ち」と言い切っちゃってますねw

また、天野こずえによるARIAあまんちゅ!なども、「楽しむこと」を肯定的にとらえ、かつ重要なファクターとして扱った作品としてあげることが出来るでしょう。
「今楽しめることは今が一番楽しめるのよ」というセリフは『ARIA』を象徴するものですし、『あまんちゅ!』ではさらに「楽しむことと楽することは違う」というなかなか難しい部分にまで踏み込んだ言葉が出て来ています。

ARIA (1) (BLADE COMICS)

ARIA (1) (BLADE COMICS)

実際に、僕がはじめちゃんを見た時の第一印象というのが、「感覚で生きてるのが『けいおん!』の唯っぽいなー」というものだったので、どちらかといえばこうした日常系作品で主役を張ってる方が似合うような気がします。
そういう意味では、はじめちゃんは『ガッチャマンクラウズ』のようなシリアスな世界の住人というよりは、上で挙げたような作品のぽわぽわした日常の中で生きているイメージがあるので、あの世界における特異点的な存在になっているのは当然といえば当然なのかもしれません。

そういえば最終話のラストでカッツェさんを制服のリボンとして身につけているシーンがあったわけですが、常に物事をポジティブに楽しんでいるはじめちゃんの側に置かれることは、人の不幸は蜜の味なカッツェさんにとっては終身刑で拷問されるようなもんだよなあ、と思ったりしました。
それを見て思い出したのは「麻雀って楽しいね!」といいながら並み居るライバルたちを蹂躙してトラウマを植えてつけていく我らが咲さんの姿だったりしたわけですが……w

咲 Saki (1) (ヤングガンガンコミックス)

咲 Saki (1) (ヤングガンガンコミックス)

咲さんもはじめちゃんも、「楽しむ」という姿勢が武器なのですが、あまりに強力すぎるその思いは時として対峙する相手ににダメージを与えかねないという意味でも共通してるんですよね……w


そうした諸々を考えると「物事をポジティブに楽しむ」ことを第一におくヒロインというのは、ある意味時代のあり方を反映したキャラクター設定だったのかなあという気がしてきますね。
もちろん、作中におけるSNSの描写や「皆がヒーローになる」というテーマも時代の最先端を行くものだったと思います。
それに加えて僕にとっては、はじめちゃんというヒーローの「強さ」が良く表現されていたことが、あの美しい結末をいっそう良い物にしていたと思った、という話でした。
ホントはじめちゃん最強。
ボクっ娘で打線組んだらはじめちゃんには中軸を任せられるよ!

……という話を昨日ツイッターで呟いたら、「でも試合しても指示とか従わなそうだよね」というリプが返ってきて「三塁にいたら躊躇なくホームスチールかましそう」と脊髄反射で返事して、新庄剛志だこれ!!」となって、「自分が楽しんで、周りの人とも楽しさを共有する」つまり「Enjoy & Entertain」という姿勢がはじめちゃんと新庄には共通してるな、と気付いたのが今回の更新のネタ元でしたとさ。
つまりこの記事の結論は「一ノ瀬はじめ新庄剛志説」だったんだよ!!

なんだかよくわからないオチが付いたところで、おしまい。