「バンドやろうぜ!(※ただし曲はアニソン)」な王道の青春ストーリー! −−大泉貴「アニソンの神様」

退院して10日が経ちましたが割と元気です。ハバネロです。

二週間ばかりの入院生活はキャノン砲(意味深)に管ツッコまれて消えないトラウマを植え付けられたり、検査の空き時間が退屈で仕方なかったりとあんまりロクなことはなかったわけですが、そんな中でひとつ良いことを上げるとすれば、素晴らしい物語との出会いを果たしたということになるでしょう。

ということで、今回の話のネタは入院生活の中で一滴の清涼剤となってくれたライトノベル大泉貴「アニソンの神様」です。

アニソンの神様 (このライトノベルがすごい! 文庫)

アニソンの神様 (このライトノベルがすごい! 文庫)

王道の青春ストーリーに、アニソンというスパイスを入れると……美味ァイ!!(テーレッテレー

ストーリーの始まりは、東京都は高田馬場にある館陽高校にドイツからの転校生、エヴァワーグナーが転校してくるところから始まります(表紙の金髪の子ですね)。
容姿端麗にして日本語も堪能な彼女、実は日本のアニメが大好きで、文化祭のライブでアニソンバンドをやる!という大望を抱いて転向してきたのです。
そのためのメンバー集めから始まって、ライブ本番に向けて突っ走っていく様がストーリーの軸を成していくわけですが、これってアニソンっていう要素さえ取り除いてしまえば、「スウィングガールズ」や「リンダリンダリンダ」などの青春モノ映画のプロットそのものですよね。
中身も、青春モノに欠かせないコミカルさを交えつつ、ちょっとしたキッカケでメンバーが集ったり、仲間内での対立があったり、妨害にあって練習場所を失ったりと「あるある」な展開が満載です。
なので、好きな人は「これこれ、こういうの!」って膝を叩きながら読めること請け合い。

そういう青春ちっくな部活もの/バンドものらしく「やりたい音楽とは?」というテーマもきっちり描いてみせてくれる所も素晴らしい。
この要素を背負ったキャラクターが、エヴァに次ぐ副主人公的なポジションに立つ入谷玄人という少年です。
音楽家の両親の間に生まれ豊かな音楽的才能を持つ彼ですが、挫折を経験して自分のやりたい音楽を見失しなっている状態。
彼の演奏に触れ、ギターの才能に目をつけたエヴァは勿論バンドに勧誘するわけですが、「アニソンなんてくだらねー」と一蹴。
それでもめげないエヴァのアニソンへの情熱がやがて彼の心に少しずつ変化を与えていくのがもうひとつの物語の軸となります。
ある事件をきっかけに彼がエヴァ率いるアニソンバンドに歩み寄るシーンは、この作品のハイライトのひとつ、といえるでしょう。


……というわけで、ベースの「青春モノ」という要素が大変にしっかりしているので、「アニソン」という変化球の味付けを施してもイロモノにならないどころか、全体の味わいに馴染み深いまろやかさが追加されて「美味ァい!(テーレッテレー)」となるわけです。

そんな作品を彩る楽曲のチョイスがまた大変上手なバランスでできているわけですが、それについては次の項で。

物語を彩るアニソンの気持ちいいくらいの「直球感」。

この作品の青春モノとしてのストーリーの鉄板さに、変化球ともいえる味付けを施しているのが「アニソン」なわけですが、その曲のチョイスがまたド鉄板。
ドラゴンボール」の「CHA-LA HEAD-CHA-LA」、「聖闘士星矢」の「ペガサス幻想」といった往年の名作を飾る名曲から、「らき☆すた」の「もってけ!セーラーふく」や「魔法少女リリカルなのはA's」の「ETERNAL BLAZE」といった近年のアニソンを語る上では外せない曲、さらには「這い寄れ!ニャル子さん」の「太陽曰く燃えよカオス」などの最新の曲までが網羅されています。
こういった「アニソンらしいアニソン」のみならず、「鋼の錬金術師」の「リライト」のようないわゆるタイアップソング、「化物語」の「君の知らない物語」のSupercellに代表されるボカロ発のクリエイターによる楽曲群もすべて、広義の「アニソン」として扱っています。

実は、この「アニソン」というジャンルの広大さというのが作品のもう一つのテーマである「音楽」という部分に繋がってくるわけですが、この辺の接続の仕方も上手いな、と思いました。
ところで、上であげた楽曲はどれもこれも、アニメを好きな人なら非常に馴染み深いタイトルではないでしょうか。
つまり、この作品における「アニソン」という要素は変化球のように見えて、実は直球も直球、ど真ん中の絶好球。
こんなのハマらんワケがないよ……。

そんなわけで、全ての問題を解決しきった上で臨むクライマックスのライブシーンは、アニメが好きな人ならテンション上がること必至。
ライブシーンで披露される曲はたったの三曲に過ぎませんが、非常にバランスよい鉄板のチョイスです。
一曲目は、ここ最近で最も話題をかっさらったであろうあるアニメのOP。
二曲目は、「歌」という要素が作品の大きな要素を占めていたアニメのライブシーンで披露された挿入歌。
そして三曲目は、僕らの世代直撃(十数年前小学生〜中学生だった人)なうえに、オオトリを飾るのに相応しく最高にアツいナンバーが待っています。

曲のタイトルはあえて明示しませんが、既読の人はにやっと、未読の人はなんだろうなと予想して、楽しんでいただけるといいんじゃないでしょうか。
あのライブシーンは大音量でその曲流しながら聞きたいですね。

ラノベには欠かせない、キャラクターの力。

つうことで、青春モノとしてのストーリーと、ギミックとしてのアニソンがでかい二本柱としてこの作品をきっちりと支えているわけなのですが、キャラクターをなおざりにしているわけでは決してありません。
むしろ、ありがちな記号的なキャラクターではなく「バンド」「アニソン」というキーワードにきっちりと沿ったキャラクター設定がされているのも好感が持てます。

まずは主人公を務めるドイツ人留学生、エヴァワーグナーこの子天使です。ポジティブで行動力に溢れてて、そして天才的な歌唱力の持ち主。この子のボーカルであの曲とかあの曲とか超聞きたい!!
そんな彼女だからこそ、ライブシーンの直前のあるシーンには思わずホロリ。
作品の冒頭を飾る彼女の先生から託されたある言葉も大変味があって良いです。

副主人公にして天才ギタリストの入谷玄人、彼については先述しましたが、エヴァを始めとした他のメンバーと触れ合う中で、「自分のやりたい音楽とは?」という問題の答えを見つけ出していく過程が素晴らしい。
そして、ライブシーンの最後を飾る「ある曲」は彼にとっての思い出の曲でもありまして、それも含めてライブで「あの曲」の歌詞が零れ出すシーンは最高でした。

この二人を軸にしながら、リア充っぽいけど実はカラオケだとアニメのタイアップソングばっかり歌っちゃうキャラとか(リア充多いカラオケだと僕も一曲目に「Ready Steady Go」とか「オリオンをなぞる」を入れちゃったりするのでわかるわかる)、10万再生動画(羨ましい!)を持ってる高校生ボカロPとか、一見軽いけど面倒見のいいチャラ男くんとか個性的なメンバーが揃ったアニソンバンド「Regenbogen」*1の奏でる馴染み深い曲たちメロディーは、読む人のハートに直球でぶっ刺さること請け合いです。


アニソンという言葉を聞いて、これを読んでいるひとはどんなイメージを抱くでしょうか。
改めてアニソンって、と考えてみるとホントに「なんでもアリ」ですよね。
曲のジャンルだって電波曲からガチのロック、下手すりゃジャズや演歌まである世界ですし、歌ってる人も声優さんだったり、アニソン専門の歌手だったり、メジャーでも活躍しているバンドだったり。
そんな、なんでもかんでも飲み込んでいく「懐の深さ」はとっても日本らしいものじゃないかと思います。
このへんは、「八百万の神々」という日本独特の信仰になぞらえて、本文中でも語られています。

日本には八百万の神様がいると言われている。
森羅万象あらゆるものに、神様が宿っている。
だからきっと、一人くらいはいるはずだ。

−−アニソンの神様だっているはずだ。

大泉貴「アニソンの神様」本文P5より

もし、アニソンの神様というものが本当にいるとしたら。
「アニメを盛り上げてくれる曲ならなんだってオッケー!」という寛大なルールを定めてくれたその神様に、これまで僕がアニソンからもらった感動の分、心から感謝したくなるような、そんな作品でした。

……で、これ続編とか来ちゃったりするんでしょうか。
エヴァに導かれた五色の虹が、どこまで飛んでいくのか。
そして、彼女たちの音楽=アニソンがくれる感動が、僕達をどこまで飛ばしてくれるのか。
ひとつの物語としてのまとまりが凄く良かったのですが、そういう意味で「今後」にも期待したい作品ですね。
とりあえず、2012年の私的ラノベ大賞をチョイスするなら、一巻完結部門はこれで鉄板ではないかなーと……w



最後に。
「ヒマだろうから読むといいよ」とこの本をお見舞いに持ってきてくれた敷居さん(id:sikii_j)、並びに、敷居さんにこの本をオススメして間接的に僕の手に渡るきっかけを作って下さった平和さん(id:kim-peace)に感謝を捧げつつ。

*1:ドイツ語で「虹」の意だそうですが、アニメとのタイアップも多いバンド・ラルクアンシエルと同じ意味の言葉なのは偶然なのでしょうか?w